大蛇尾川にて
2010/8.18-19
------車止めからは全く大蛇尾川の水音は聞こえ無かった、(829m)
その流れまでは謂うに300mほども降りなければいけないとの事だ。
大蛇尾川、関東で唯一の野生虹鱒の居る川とはかなり前から本では知っていたが現実に来れるとは思っても居なかった。
釣友の案内が無ければおそらくはこの車止めに立つ事も無かったろう、憧れの渓で終わった筈である。
家からは
わずか2時間ほどのドライブ、高原に涼を求める観光客の車列から抜け出し荒れた林道に進入。
通い慣れた筈のその林道の変わり様に釣友Sのハンドル捌きも慎重だ。
ここ数年は林道の整備はされていないのだろう。取水堰の工事が終わり資材搬入の必要も無く今は只自然に任せ崩壊するのを待っているだけなのだろう。
車止めには他の車は居なかった、風もなく蒸し暑い緑の空間だった。
車止めから大蛇尾川本流までの急降下、踏み後はしっかりしているがそれにしても急だ、間違って足を取られたらまっ逆さま・・・・
ガレ沢を降ると高い空の下に花崗岩の白い大岩の中、透けるほどに美しい流れがあった。
急峻なそのガレ場の奥が林道に続くなどと降り立ったその場からは想像も出来ない。
釣友Sは小学生の息子2人を連れキャンプを楽しんだ事やら、厳しかった昔の大蛇尾川遡行を懐かしむように透明な
流れに向け語ってくれた、積み重ねた思い出が磧の隅々に石ころのように転がっているのだろう。
兎もすると今、Sの眺めているその流れは昔日のもう一本の大蛇尾川なのかも知れない。
いつもの事ながら渓に入り無意識に辿るのは、
その日の渓では無く順を追いながらいつの日か釣った岩魚や山女魚でもあるし、
また封印したはずの忌々しい記憶でもあるから・・・・
脳裡に仕舞い込んだ渓の流れは、
決して同じ場所であっても通った回数ほどに幾本も流れ、穏やかな事は無いのだから・・・・。
一休みしSに促され毛鉤を振る、減水し余りにも透明な流れに渓魚は反応するのか・・・
透明な流れが複雑に交差し岩を咬み飛沫を上げる、底石が水面に作り出す水流のよじれや弛みが夏の日差しにきらめき
くすぐるように足元を掬う。
渓魚と遇えればよいが・・・・・
水色に同化した山女魚が8f2/1のロッドの先にいた。久々に見た山女魚、鮮やかな虹色の斑紋を優雅に流して竿先を泳いでいる。
が・・・昼下がりの時間帯、夏の山女魚は気ままだ。
足の速いSに遅れまじと忠実に足跡を拾う、磨かれた大岩、
被い被さる両岸の下には黒く弛んだ淵に上流からの陽が差し込み洞門の様でもあり、Sが居なければとてもその口の中に吸い込まれようとは思わなかったろう。
正面、右岸の岩肌にはトラロープの横張りがされ遡行の厳しさが感じられた。
S曰く・・・・あの水は何処へ行ったのか・・・・・
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本流に入り込み最初の堰堤。
わずかな突起に足と手を任せほぼ垂直な左岸岩壁を6〜7mも上ると堰堤上に降りられた、
石積みの古い堰堤、左岸の岩壁を嬉々として登る小学生の男の子二人、Sの思い出がまざまざと其処にうかんだ。
広い川原に穏やかな瀞場、Sの思い出ははいよいよ深まり今二つの大蛇尾川が眼前に流れているのだろう、そして思い出の大蛇尾川を
不思議と自然にSと遡行している自分もまた居るのだがそれでも満たされないのは、Sと違い私の手には未だ大蛇尾川の山女魚の実感が無いことだった。
陽が翳りだした、テン場は既にSは決めていたのだ、その間
流れは大岩と大岩の隙間を縫い白い飛沫となって吐き出されその合間合間に大小の透明な淀みを作っていた。
すると・・・・
Sの毛鉤に誘惑され引き摺り出された山女魚の美形にただ唖然とするばかり、25センチほどの幅広の山女魚を事も無げに仕舞い込むSに感化され
毛鉤を流すのだが、暫らく山女魚の釣りをしていない癖が出てしまい山女魚には見向きもされなかった。
白い流れの上に黒い毛鉤・・・飛び出したのは15センチも有ろうか小さなチビ岩魚一匹。
庚申川では見かけないその小さな岩魚の姿形に暫し見とれ、何故か初めての流れに満ち足りた気分になった。
大岩を這い上がると正面左岸に2条の滝が落ち、右岸からせり出した大岩の後方には涸れ沢がガレ場を成していた。
その中間にSの決めたテン場が程好く砂を載せ迎えてくれた。落石の心配も出水の心配も要らない、まして正面の滝は月夜ともなれば
銀色に光り渓の流れとも違う筝曲を緑のカーテン越しに晒してくれる・・・・・・・。
たれかが既に休んだものなのかそのテン場には数個のゴミが隠すように押し込まれ気分を害した。
寝床を整え焚き火の準備をしてると突然の雨、幸い雨はその場限りでまもなく夜の帳に包まれ燃え始めた
焚き火の白い煙が下流に押し出され辺りを湿った煙の匂いが漂った。
白い大岩に焚き火に照らされ二人の影が映る、たわいも無い雑談・・・・・・・
二人の声音は水音に消され闇の中、ヘッデンは岩陰に潜む野獣の目のように閃光する・・・・・・
オオサビの 砂の上
人形の出来るほどに 寝ておりたい・・・
19日早朝、
のどかに遊ぶ山女魚にオオバカにされ意気消沈・・・釣れない日もあれば・・・何とかカンとか・・・・
帰途・・・左岸の急坂を登り返す、わずか30センチ幅の踏み後を、50メートル下には翠色の長い瀞場が
ゴルジュの入り口を固め進入を拒んでいる。
細い道はやがて蝮に進路をふさがれ立ち往生、この渓で初めて見た〜とSが言う。いや〜〜びっくり・・!。
林道は乳色の靄に覆われまるで墨絵の世界に、先ほどまで遊んだ大蛇尾川の水音もやかましい蝉の音も
乳色の魔物に脅え息を潜めてるかのようで・・やはり山釣りは幽玄で恐ろしい・・・・
Pot belly index