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コアジサイの咲く道を行く!。

濃い緑・・・
林道から空を見上げれば青い空は随分と高く遠く感じる。
数日前か、いや昨日か。
道を洗った雨の勢いは傍らの堆積した落ち葉を道の真ん中に押し出し、 湿った空気とその内に含んだ甘い匂いを漂わす。

コアジサイがそちこちに咲いている、淡い青紫の飾り花のないアジサイ。
淡い青紫色に咲くさわやかな姿形、花の匂い。淡くかぐわしく甘い香りが道を通り抜ける。
また頭上を見れば大葉アサガラノ白い花穂、春蝉の騒然とした合奏が耳を被わんばかり。

本当に随分と時が過ぎた。
母が五十代終わりの頃か、二人でこの時期この道を歩いた。
花の好きな母だった。
ゴム長靴をボコボコいわせながら、アサガラノ白い花房を見上げ岩棚に咲くコアジサイに目を休めていた。
道々の花に寄り添い匂いを確かめ戦争の頃を語り、故郷の山に遊んだ頃を話した。
併し、今はもうその会話の内容など思い返せない。二度と聞くことも適わない。
その山行ともつかない林道歩きのその時を、どうしてあんなに母の深い思いに残ったのか・・・

林道の終着、沢に下り喉を潤す。
母は大岩の重なる渓流の落ち込みを覗き眺め眩しいばかりの水泡に嬌声を上げていた。
私は母をその場にお置き一人釣竿を手に上流へと向かう。
わずかな時間だが岩魚かヤマメの一尾でも釣れたらよいと、ただそれだけ。
一尾だけの獲物、ヤマメだった。
腹を割き山椒の葉を詰めヤマメをシダの葉に包み蒸し焼きに・・ 泡立つ落ち込みが陽に照らされ、まるでシャボン玉のようにきらめく。
泡粒の中に渓魚の稚魚が上流に向かい泳いでいた。
底石までもが透けるその落ち込みに母は手を伸ばす、ヤマメか岩魚の稚魚をすくおうと試みたがあまりの光景に、ただ見とれてしまったよ!。
母はこの時の思い出を遅くまで忘れず繰り返し、繰り返し昨日の事のように話した。

帰路、コアジサイ、岩タバコを一株堀上げ持ち帰った。
それから30数年、持ち帰ったコアジサイはすでに無く岩タバコは変わらず今年も花穂を上げている。
誰も知った人の居ない土地に、遠くで望みをかなえたい・・・その母と本当に今日でお別れ。

母の骨片を抱いてコアジサイの咲く母との思い出の道を歩く。
49日の忌み日も終えて望みだったあの思い出の流れに私はまた佇む。
思い出のそのたぶん同時刻、陽は白泡を煌めかせ変わらず美しい。
母は私の手を離れ水流の中、緑濃い岩苔に暫し着座し私を見つめる。
私は大きな声で言った、また逢おうね、さようなら・と!。
母は水流に任せ漂い、白い骨片が母の見た稚魚のように煌めきながら流れに去っていった、もう触れることの無い本当の別れ。


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